第19回 マグロは賢いか? 資源評価への影響は?

 釣りをした人は、魚がかなり賢い(用心深い)ことを身にしみて知っていると思う。以前、延縄(はえなわ)で漁獲されたマグロの胃の中に釣り餌用のサンマが何匹もあったという報告を読んだことがある。その時は、マグロの中には、餌だけかすめ取る頭のいいのもいるのかな、くらいにしか思わなかった。最近、私の友人のフランス人研究者と話したしていたら、マグロが延縄に釣られないように学習しているに違いないと言う。話は少し複雑なので、少し回り道をしながら紹介しよう。
 研究者が資源の動向を把握するのによく使う指標に釣獲率がある。釣獲率というのは、例えば、延縄の針100本当たり何匹マグロが釣れたかを表し、この変動が、大まかには、資源量の変動を示していると考えられている。 釣獲率の低下の過程を分析すると、一様に低下しているのではなくて、漁獲が始まって5年間くらいは、最も急速に低下し1/10くらいに落ち込み、その後の長い期間は、ごく緩やかに低下または安定している。ところが、この漁業開始初期の短期間に延縄で漁獲されたマグロの漁獲量は、後に漁業が本格化してから獲られた漁獲量に比べて極めて少ない。だから漁獲により資源量がそんなに急減するとは考えられない。しかも、漁業が本格化してからの延縄の釣獲率は緩やかにしか低下していない。このようなこと等から、初期の釣獲率の急激な減少は、資源量の変動を示してはいないと考えられている。
 しかし、延縄の釣獲率の漁業開始直後の急激な減少がどうして起きるのか?未だに解明されていない。実は、この問題は、私が研究所に勤めだした40年前からあり、日本人はもとより、世界中の資源研究者を悩ませて、いろいろな仮説が出ては消え出ては消えしてきた。しかし、全くお手上げで、進展がない。ある有名な学者は、最初の数年の釣獲率の落ち込みは、資源量の変化を反映していないのは確実だから、この期間のデータは使うのをやめようと提案したりしていた。
 さて、ここで最初の学習の話に戻ると、全くの仮説であるが、大西洋やインド洋、東部太平洋などでは、マグロは、日本船が漁場を開拓するまで延縄に出会ったことが全くないはずで、最初は、極めて無警戒に延縄のえさに食いついたはずだ。そこで、大漁が続いたが、マグロは、すぐにこれは危険な餌であることを学習して警戒しだし、その結果、急激に釣れなくなった。そして、このような学習の効果は漁場が拡大するにつれて資源全体に行きわたり釣獲率も落ち着いてくる、という仮説である。 このためには、マグロは賢くなければならない。マグロがどの程度、賢いかを実証することは極めて困難だから、もしマグロがこの程度の賢さを持っていたら、どのような釣獲率の変化が期待できるか幾つかの筋書きを想定し、実際にそうなっているのかを、海域、魚種、漁法等を網羅して比較研究し、想定の正しさを実証しなければならない。なかなか容易ではない。もともと、この仮説は、他のいろいろの仮説が消去法で消えて行ったあとにだれも見向きもせずに、残されたような感のある仮説である。
 彼との話から、漁業開発初期に、釣獲率がどんな変動をしたか、世界的規模で詳しく、共同で再検討してみようと言うことになった。 仮説は100に一つもものにはならないが、もしもこの研究が、ものになれば、またとない冥土の土産になるし、残りものに福があるともいう。懲りずにその成果を期待してやってみよう。