第20回 マグロは賢いか? その2. 学習しても巻網からは逃れられない?

 「マグロは賢いか」と言うタイトルで以前書いたところ、これを読んだ方から、“延縄で学習するのであれば、巻網に対しても学習するのではないか”、という至極当然な疑問が寄せられた。この点を含めて、もう少し私見を述べてみたい。
 巻網は、他の漁法に比べて、はるかに積極的な漁法で、延縄や竿釣りと違って、食欲がないマグロでも漁獲できるし、大型魚でも小型魚でも群れをつくっていれば、有無を言わさず強引に漁獲できる漁法である。
 巻網が獲るのは魚が群れをなしている時だが、マグロ類は群れを作り易く、かつ、群れの集合性が高く簡単には散らばらない。キハダやカツオのような熱帯域に主に分布しているマグロには、素群れ(海鳥類がマグロの群れの上空についている場合が多い)と言って主に昼間にえさを求めて回遊している時の群れと主に夜中に流木等の付近に密集している群れがある。
 最近は人工的に筏などを流してより効率的に漁獲する方法(FAD操業)が主力である。マグロ巻網は東部太平洋のカリフォルニア沖で開発された漁法だが、東部太平洋では、主体であるFAD操業の他にイルカ巻漁法が伝統的に行われる。この海域では、イルカとマグロ(キハダ)の連結は強く、お互いに離れようとしない。他の海域ではこのようなイルカにマグロが付くと言う現象は見られない特殊な海域である。またこの海域では水温躍層(表面の暖かい海水が深くなるにつれて急激に冷たくなる層のこと。マグロは冷たいところにまで潜りたがらないので、この水温躍層が浅いところにあると、水深150mくらいの浅いところまでで網を巻く巻網は効果的にマグロを巻ける)が浅く、おまけに無酸素層がその下にあるので、マグロは、深く潜って逃げることができない。
 さらに、この海域の巻網船は高性能魚群探知機を備え魚群探索用のヘリコプターを搭載している場合が多く、船も、軍艦のようにスマートで大型で、スピードも早く強力な漁獲性能をもっている。
 仮に巻網船が近づいてきているのをマグロが察知しても、逃げ切るのは容易ではない。一方、中西部太平洋は、水温躍層が深くなるので、素群れの操業は東部太平洋のようには効率的には行かない。
 網の締まる前に底の方から逃げられることもしばしばあるが、群れがバラバラになることはない。マグロは、潜ろうと思えば、水温が低くても、酸素さえあれば、500mでも1000mでも潜ることができることが知られている。したがって、網を投入するときにもたもたしていたり、海流の流れが速かったりしたときには潜って逃げるが、前もって網を避けて積極的に潜って逃げることはあまりしないと思われる。ところが、最近世界中のマグロ漁場ではやりのFADを使った巻網漁法は、夜明け前にマグロ(キハダ・カツオ・メバチ)の幼魚がFADの周辺に高密度で接近して分布している習性を利用し、しかも暗闇の中で操業するので、ほとんど100%の成功率で漁獲できる。延縄では、こんなに効率的に漁獲することは不可能だ。クロマグロもミナミマグロも集群性の強い群れのみがまき網の対象になるが、一端、狙われると巻網船のスピードが速いので、逃げ切れない。漁船の立てる音はかなり大きいので、巻網漁法を学習していれば、音波としてこれを遠くからマグロが察知して、早めに逃げてしまうことは可能と思われるかもしれない。
 しかし、最近の巻網船のソナーや鳥レーダーの性能は、数十マイル先の群れも察知するし、ヘリコプターを使う船もあるので、逃げ切れないと思う。
 結論として言えば、延縄に対する学習効果は、かなり逃走・逃避に効くのに対して、巻網はマグロにとって手ごわい漁法で学習効果を帳消しにするほどの漁獲能力があるのではと考えている。事実、様々な漁業があるが、巻網による漁獲が過度に過ぎると、乱獲になる場合が多い。その点、大型の親魚を漁獲する延縄漁業は、まだ卵を産まない小型の魚を獲ることができないので、普通、過度の乱獲(小型魚まで減少する乱獲)にはならない。マグロが学習していくら賢くなっても、高能率漁法の巻網漁法を抑制しなければマグロ資源の保全は、おぼつかないだろう。