第33回 クロマグロの産卵制御成功の意義

長崎の西海区水産研究所に新設された陸上飼育施設で、人工的にクロマグロの産卵を制御する実験に2014年夏に成功したことはすでに報道された。東京でこの成果の概要の報告会が開催されたが、この成果の持つ意義について少し述べてみたい。
現在行われている太平洋クロマグロの養殖の主流は、ヨコワと呼ばれる30p足らず、生後約3か月の若齢魚を曳き縄で捕獲し、餌付けなどの段階を経て、大型の網生簀に移した後3年ほど飼育、50s程度にまで成長させ、出荷している。この方法については弱点が、3点ほどある。まず、天然魚に種苗を依存しているが、年々のヨコワ捕獲量が極めて不安定であること、次に、近畿大学が確立した完全養殖にしても、産卵がいつ起こるかは魚任せであるし、海中で産卵された受精卵の採取には困難が伴い、安定的な作業計画を立てることができないこと、さらに、太平洋クロマグロ資源状態が悪化し、天然魚、特に若齢魚の漁獲が厳しく制限され始めたことからヨコワの捕獲に依存する養殖業にも規制がかけられるようになってきたこと等の問題点がある。
これらの問題を一挙に解決するために登場したのが、世界初の陸上水槽で産卵を人工的に制御する試みである。人工的に水温と日長を制御できる2基の直径20m、深さ6mの水槽に約130尾の2歳魚(約15s)を2013年5月に活け込み、約1年陸上水槽で飼育し、2014年5月に約1,000万粒の受精卵を得ることに成功した。その後、卵は奄美にある施設に航空機で移送され、ほぼ普通の孵化・生育・生残を経て現在に至っているようである。
産卵制御の方法を簡単にいうと、これまでに生簀で産卵したいくつもの例を基に、水温と日長のパターンを1年分プログラム化した上で、水槽内の環境を制御する。想定される産卵時期が近づくと、モニターの強化により産卵がなされたことを的確に把握の上、受精卵を効果的に回収するという手順である。実際には、この他にも活け込魚の移送等大変な困難をいくつも克服しなければならず、成功に至るまでの努力は大変なようであった。飼育を通じて、主産卵場である南西諸島沖の産卵開始水温(24℃)より幾分低めの水温(21℃)で産卵が始まったこと、産卵の疲労のためと思われる斃死がメスよりオスで多かったこと等いくつもの興味ある生態が明らかにされ、将来はさらに貴重な情報がもたらされると期待される。
生残率や餌料効率の向上等さらなる克服課題はあるが、この成果の再現性が確認されれば、人工産卵制御により、クロマグロの安定的、計画的生産を図ることができ、既存の完全養殖技術の一層の向上につながる。クロマグロ養殖は、ブリ、マダイ等の養殖に比べ、収益性が高いものの、現在の天然の太平洋クロマグロの採捕制限に起因する制約による影響を受ける。これに対して、天然資源の状況に左右されない人工種苗生産の確保に繋がる今回のブレークスルーは一段とクロマグロ養殖に将来的な展望を広げる可能性がある。これらの事情を勘案すると、日本はミナミマグロを含む世界のクロマグロ類の養殖における生産段階で世界の水準より一歩先んじることになった。新たな段階に入ったと思われるクロマグロ養殖で、日本は、持続的で環境にも優しいバランスのとれた養殖の手本をこれから示してもらいたいものである。