第34回 養殖マグロ雑感

マルタで振る舞われた養殖クロマグロ
2015年のICCATの年次会議は11月に地中海に浮かぶマルタで行われた。初日夕方のパーティーでマルタ産の養殖クロマグロの刺身が振る舞われ、それを食べようと長蛇の列ができ、大変な人気であった。でも、私はそれを眺めるだけで、その列に並ぶ気にはならなかった。そこで、養殖マグロをめぐる私の色々な思いを簡単に述べてみよう。
近年の日本人の食嗜好には、脂ものへの指向がみられ、養殖サケの消費増が端的な例であろう。しかしながら、天然ものと養殖もの双方の味を知っている者にとっては、養殖マグロはとても食べられたものではないが、養殖物がこのように多くなると、全身脂の乗った「トロ」である養殖ものの味が「マグロの味」だと思われるようになっているようである。一方で、脂ものへの指向に伴って、食の多様性が失われつつあるのは寂しい限りである。

地中海の伝統的食文化を圧迫
地中海諸国では古くからクロマグロがいろいろな調理法で食べられてきた。特にスペインやイタリアではマグロ肉をステーキ、煮込み、缶詰、塩蔵や干物にして食べてきたし、胃や卵等も塩蔵等して利用してきた。ところが、最近はほとんどのクロマグロが養殖に回り日本へと輸出されるようになり、伝統的な地中海料理が消えつつあるようだ。
私には、研究者の会議等で多くの地中海諸国を訪れる機会があり、訪問先では、よく刺身を作らされたものである。当時は養殖などはなく、天然のクロマグロ、キハダ、メバチ、ビンナガ等の刺身を作る楽しみがあり、醤油とワサビをたいてい持参したものである。ところが、クロマグロの養殖が始まってからというものは、刺身を作るのが苦痛になってきた。というのは、脂がきつ過ぎて、刺身を切っているうちに包丁がベトベトになり、おまけに匂いが鼻について、食欲を亡くしたものである。その様な経験や思いが、マルタで呼び覚まされたのである。

天然、養殖も持続的利用が基本
しかしながら、私の好みとは関係なく、いわゆる高級マグロであるクロマグロとミナミマグロの生産に占める養殖魚の割合は増加しており、天然魚の生産量を上回っている。養殖魚の割合が最も高いのが、大西洋のクロマグロであり、その割合は8割近くに達すると思われる。クロマグロに関しては、今後養殖魚の割合はさらに増加するものと思われる。
養殖マグロのこのような生産増加を支えているのが、主に日本による消費である。もちろん昨今の日本食ブームによる日本以外での消費の増加もあるが、なんと言っても日本が主要な消費国である。また、太平洋クロマグロの完全養殖技術の確立はあるが、人工種苗による生産はまだ限定的で、全体としてみれば圧倒的に天然のマグロが養殖の種苗として使われている。マグロ養殖は他の魚類の養殖に比べてもかなり利益が上がっているようであり、日本でのクロマグロの養殖生産量も増加してきている。
個人的好き嫌いは別とし、将来的には、人工種苗による養殖が確立されることや、養殖魚の肉質を天然ものに近づける試みも行われているようであり、その成果に期待したいところである。また、天然魚にしても、いくら、味や食感がいいといっても、値段が高すぎて庶民にはなかなか手が出ないという難点がある。脂が強い養殖マグロが好きな人が増えているのは、天然ものに比べて、養殖マグロはずっと安いこともある。このようにみていくと、養殖マグロと天然マグロとは消費の点でも、生産の点でも、うまく棲み分けることができると思われる。しかしながら、いずれの点でも、持続的資源の利用が基本となることを忘れてはいけない。

マルタは養殖優等国
最後にマルタは、クロマグロ養殖で特異な国であることを述べたい。まず、マルタ固有のクロマグロ漁業はない、しかし、クロマグロの養殖生産では世界でも屈指の国である。そのからくりは次のとおりである。養殖に使うクロマグロはリビア等のまき網船が漁獲したものを生かしたまま買い取り、それをマルタまで運んで、養殖生簀に活け込み、数か月養殖して脂肪率を上げて全身トロのクロマグロにして付加価値を高め、日本に売り込むわけである。マルタのクロマグロは200キロを超す超大型魚であることも特異である。次に特異な点は、生産管理の基礎となる活け込んだマグロの数とその重量を他の養殖場に先駆けて、正確に把握していることである。生きたクロマグロの計測は直接手で触れてやることができないので、ステレオカメラと呼ばれる特殊なカメラを使う方法が最善であり、マルタはこの方法で漁獲統計の透明性を確保している養殖優等国であることは評価できよう。

マルタの蜂蜜
最後にマグロとは関係ないが、観光と並んで、この国の蜂蜜は大変有名である。以前マルタを訪れた時に買った赤く輝く宝石のような蜂蜜の味が忘れられず、今回の滞在中にいろいろと探してみたが、その蜂蜜は、ついに手に入れることはできなかった。それが心残りであったことを付け加えてこの雑文を終わりたい。