第35回 西大西洋におけるクロマグロの新しい産卵場の発見

最近アメリカの研究チームが、これまで西大西洋では唯一とされていたメキシコ湾以外に新たなクロマグロの産卵場を発見した。新たな産卵場はメキシコ湾流が米国北東部及びカナダ南部沖を北上するSlope  Seaという海域で、6〜7月にかけての産卵である。今後の調査研究で、この新産卵場が定常的に存在することが確認されれば、現在想定されている大西洋のクロマグロの資源構造や資源評価・資源管理に大きな見直しを迫るものとなる。この発見のインパクトについては様々な意見が出されているようだが、どのような意義を持つのか私見を述べたい。

従来からメキシコ湾以外での産卵の可能性は指摘されていた
新産卵場の発見は、これまで予測されていた産卵場の存在を確認したということである。メキシコ湾がクロマグロの産卵場であることは古くから知られていたが、メキシコ湾に産卵しにくるクロマグロは8歳程度以上のいわゆるジャイアントマグロばかりで、産卵盛期は5月である。一方地中海でもクロマグロは産卵するが、メキシコ湾と異なり3〜4歳から産卵し始め、産卵盛期は6月である。この2つの海域以外での産卵はこれまでのところ確認されていなかった。このように産卵場が地理的に離れた2つの海域にあること、産卵盛期が異なること、産卵開始年齢に大きな差があること等から大西洋のクロマグロには2つの異なる系群が存在すると考えられてきた。しかしながら、フロリダ半島からずっと北の米国沿岸からボストン沖にかけての海域で漁獲された3〜4歳のクロマグロの卵巣の発達具合から、この海域でも産卵が行われている可能性が従来から示唆されていた。今回の米国の研究結果は、この海域でクロマグロの孵化後間もない仔魚が発見されたという直接的な証拠を示したのである。実は、我々日本の研究者も太平洋のクロマグロの産卵生態から、西大西洋のこの海域で中型のクロマグロが産卵している可能性が高いことを示唆してきた。つまり、大西洋と太平洋のクロマグロは類似する生物特性を持っていると思われることから、メキシコ湾流を黒潮に、メキシコ湾を南西諸島域(8歳以上の大型魚しかここで産卵しない)に、米国北東部沖を日本海(3歳魚から産卵を開始する)を含む日本周辺に置き換えて考えると、3〜4歳の若齢のクロマグロは米国北東部沖で産卵する可能性が高い、と類推される。これまで西大西洋のクロマグロは、地中海起源とされる東大西洋のクロマグロより、高齢にならないと産卵しないとされてきたが、より若い成魚も産卵に関与しているならば、その資源は漁獲圧に対してこれまでより強く、乱獲された場合でも、より短期間で資源が回復しうるということになる。

東西資源の回遊や混合に関しても見直しの可能性
新たな産卵場の発見は資源構造に関するこれまでの仮説にも疑問を投げかけるものになる。現在は、大西洋のクロマグロにはメキシコ湾起源の西大西洋群と地中海に起源をもつ東大西洋群があり、これらは回遊を通じて大西洋で混合しているが、交雑はしない、つまり別の系群であろうと想定されている。東西系群の混合割合を推定するのに耳石に刻まれた安定同位体を使うのであるが、どちらの起源か判別不明の個体が少なからず存在することが知られており、混合割合は海域や年によって大きく変化することが知られている。さらに、これまでに系群判別に用いられたサンプル数は十分というには程遠い。また、東西2系群説を支持しているとされているアーカイバル・タグ(記録型標識)による調査もサンプル数が少ないし、高齢魚に偏っているので決定的とは言えない。今回報告された産卵海域では、東西の両方の系群に属するとみられるより若い成魚がかなりの割合で混合しているとされており、さらに、この海域にはメキシコ湾で産卵する高齢の個体も産卵期に来遊する例が記録型標識から知られている。したがって、これまで確認されていなかった海域での産卵を通じて東西系群の交雑が行われている可能性は否定しえないということになる。
歴史的にみると、大西洋のクロマグロの資源構造に関する仮説は、単一個体群説から出発して、ほとんど混合のない東西2系群説を経て、現在はかなりな混合がある東西2系群説へと変化してきた。今回の新産卵場の発見がこの歴史的変遷に続いて、新たな展開につながるのか否かが注目されているのである。