ニュースレターNO.49 増補版
  世界のまぐろ漁業を変えた日本の技術 ―FAD(人工浮き魚礁)操業と蓄養―

【 はじめに 】
 マグロまき網船によるFAD操業とマグロの蓄養に共通するものは何か?と、聞かれて皆さんはどう答えますか? 両者共にマグロ資源の保存上に大きな問題となっているとか、どちらも金になるとか、正解はいくつかありそうですが、私の正解は、いずれも日本人の発明によるものである、ということである。しかし、名誉なことですね、ということを言いたいわけではなくて、逆に、これから派生する諸問題の解決に関して、発明をした張本人である日本人は特に大きな責任を持たねばならない、というのが筆者の思いである。この二つの日本人の発明が、なぜ大きなインパクトを世界のマグロ漁業に与えたのか、それから派生する問題も大きいこと、問題解決のために何をしなければいけないのかを、簡略に述べてみたい。

【 FAD操業 】
 FAD操業は、特に今日の中西部太平洋のマグロまき網の著しい発展の原動力となり、瞬く間にインド洋、大西洋、東部太平洋へと伝播して行った。この漁法の開発がなければ、現在、年生産量200万トンに迫る世界最大のまき網漁場となっている中西部太平洋におけるまき網漁業は存在せず、まき網による漁獲は実質ゼロであったはずである。中西部太平洋で日本の他、先進国がこの海域で何とかマグロまき網漁業を起こしたいと試験操業を開始したのは、1960年代末から1970年代に入ってからである。しかしながら、この海域では、まき網操業にとって様々な困難な海洋条件があり、試験操業は成功しなかった。その後、1970年半ばに、日本人が流木や流れ物に付くカツオやキハダの幼魚が、夜間、その下に密集し、夜明け前の群れが逸散する前に巻けば、ほぼ100%の成功率で漁獲できることを発見したのである。その後、自然の流木や流れ物に加えて、人工的に簡単な筏(FAD)を作り、それを流すことによって漁獲がさらに増加した。最近はこの筏に魚探をつけ、それを本船からモニターして、最も魚の付きのいい筏を選び出すことで、漁獲効率は飛躍的に増加した。
−未成魚の混獲が問題
 ところがカツオの漁獲が大半を占めるFAD操業には、未成熟のメバチを混獲するという問題があった。FADによるまき網で漁獲されるカツオやキハダの漁獲量が急激に増加するに従い、メバチ未成魚の漁獲量も急速に増加し、メバチの成魚・親魚の資源量が急速に減少し始めたのである。メバチの成魚を漁獲していた延縄漁業も徐々に振るわなくなった。そこで、WCPFC
(中西部太平洋まぐろ類委員会)は、過剰な漁獲圧を減少させるため、FADの操業規制をはじめた。問題は、FAD操業の漁獲効率があまりに高くて、現在行われているわずか数ヶ月のFAD操業の禁止では、規制期間外のまき網の操業が増えて、規制の効果はまったく上がらないどころか、さらに厳しい規制が必要となったことにある。効率的な漁獲技術はできたが、それを使う人間(漁業)の方のコントロールができなくなっているといっても過言ではない。
−資源持続型漁法は日本の知恵
 コントロールということでは、例えば、日本の沿岸で、貝類や海産物を採るのに、効率的な漁法を排して、現在でも、素もぐりしか認めず、採取期間も限定し、厳格にこれを守っている場合が多い。これは、人間の欲望をコントロールすることが困難であることを体験してきたところから出た知恵であろう。すでに、今や世界で、200万トンに達する漁獲をあげているまき網漁業が、これから先、さらにこれまでのように右肩上がりで漁獲を増加させることは、資源的にみて無理である。今後も、永続的に漁業を続けるにはどうすればよいかを遠洋漁業国と島国諸国とで、じっくりと論議することも必要だろう。ただし、漁業を現状のままにしておいて考えるのではなく、メバチ資源が回復するまで、とにかく一旦FAD操業を大幅に規制するとともに、まき網も延縄もメバチの漁獲量を確実に減らし、どうすれば今の過剰な漁獲を解決できるか考える時間を作るべきである。
−足るを知る
 とにかく、これ以上漁獲を増やすのは危険だし、マグロ缶詰の需要が堅調で獲れば獲るほど売れるという欲望充足型の漁業発展の誘惑に負けてはいけない。このあたりで「足るを知る」、という日本人の尊ぶ哲学に立ち戻るべきである。あえて非効率な漁業を固持する素もぐり漁のように、効率的な潜水機器を使わない漁業等の考え方を見習ってはどうか。例えば、FAD漁法を禁止し、天然の付き物操業だけに限定する。そして、それらの流木や流れ物にラジオブイや魚探をつけることも禁止する等である。FAD操業には、マグロ類以外にも、サメや亀等を混獲する問題がある。これまで資源的にまた増産の可能性があるとされてきたカツオ資源もMSY(持続的最適生産量)の下限に近づいてきているようである。効率追求漁法から資源持続的漁法へ、日本の哲学の出番だ。

【 蓄養 】
 ここで言う蓄養は、まき網でクロマグロやミナミマグロを漁獲し、それを生かしたまま、まき網の網から曳航用の生簀に網のトンネルを作って移し、最終的に沿岸に作られた大型の生簀に生けこんで、数ヶ月から数年にわたって餌を与えながら、脂肪をつけ、大きくして刺身市場である日本に輸出するものである。このタイプの蓄養は、ミナミマグロから始まった。ミナミマグロは日本の延縄漁業と豪州のまき網や竿ずりが主に漁獲をしていたのだが、1980年当時から獲りすぎで資源が悪化し、特に豪州では、まき網漁業が壊滅寸前になった。ここで、日本が何とか豪州でもミナミマグロ漁業が立ち行く方策はないかと、考えた末に蓄養技術を、豪州に伝授したところ、大成功を収めた。豪州のミナミマグロ漁業者はヨーロッパのクロアチアからの移民が多かったため、彼らは、類似した生体を持つ大西洋クロマグロに目をつけ、瞬くうちにクロアチアをはじめとする地中海諸国に普及した。その後、メキシコが太平洋のクロマグロでこの手の蓄養をはじめている。蓄養によるクロマグロとミナミマグロの生産量は、地中海におけるまき網によるクロマグロの漁獲量が規制で大幅に削減された現在でも、天然の漁獲量に近い生産をあげている。蓄養によって、比較的安価にトロが供給されるようになり、回転寿司市場などを介して、庶民層にまで人気が出て、蓄養は儲かる漁業の代表格となり、一大蓄養まぐろブームとなったのである。
−不透明な漁獲データーのもたらす危うさ
 しかしながら、この蓄養は、地中海のクロマグロのみならず、ミナミマグロや太平洋クロマグロでも問題を引き起こした。というのは、獲った魚を生かしたままで飼育するので、どれだけの魚を生簀に活けこんだのか(漁獲したのか)正確にわからないこと、獲ったマグロは、水揚げし計量されることはないから、漁獲制限体重以下の小型魚が漁獲されたかも解らないこと、等の多くの問題点のあることがすぐに解った。つまり、漁獲量や魚の大きさ等のデーターがきわめて不正確になり、大西洋のクロマグロでは、資源評価を行うのが極めて困難になってきた。さらに、漁獲量の大幅なごまかしも懸念されるようになったのである。2010年には、ワシントン条約で大西洋クロマグロは絶滅する可能性があるとして漁獲禁止にする提案まで出されるに至ったのである。この提案は否決されたが、ICCAT(大西洋まぐろ類保存委員会)で決めた蓄養に関する不透明性を克服するための数々の努力があるにも拘らず、依然として、根本的な問題である何匹、どの大きさのクロマグロを活け込んだのかに関しては、不透明さが解消されていない。ミナミマグロ資源では、最近資源状態が低位ながら安定し、未成魚の資源量が増加する傾向にあるという明るい展望が開けつつある。しかしながら、豪州の蓄養魚に関するデータは依然として、グレイゾーンにあり、資源評価の不確実性を減らすためには、この問題の解決が必須である。
−解決に日本の技術を
 この問題の解決に向け、日本の進んだ科学技術を使って、もっと積極的に取り組むことが、蓄養を開発した日本人の責任ではないだろうか。例えば、現在はダイバーがもぐって尾数を数えたり、ビデオカメラで計測しているが、ステレオカメラの使用で、個体の体長(係数を使って、体重にも換算可能)を正確に測ることが可能で、ミナミマグロでは、その導入実験を行うと聞いている。また、活けこみ時の尾数や体長の計測が困難という問題に対しては、移動用のトンネルの構造を改善して計測可能にする研究なども進めてはどうか。さらに、現在の方法で計測された活けこみ時のまぐろの総尾数や総重量にどの程度の偏りがあるのかを、調査用の特別漁獲枠などを作ることによって、実測値(活けこみ終了後全量を取り上げて測定する)と比較する方法なども考えるべきである。これらの技術は、将来多様化するであろう日本の太平洋クロマグロの蓄養(養殖)にとっても、必ず必要となってくると思われる。将来、蓄養の延長線上にある完全養殖が一般に普及すれば、蓄養は廃止し、天然資源の利用と人工養殖資源の利用を隔離し、相互に補完的な役割を分担させることもできよう。その点で、完全養殖の今後の更なる技術革新が期待される。ただし、留意すべきは、マグロ資源の利用に際しては、多様な選択肢を残しておくことが大事で、儲かるといってあまりに蓄養に偏る現状は、まき網漁業のFAD問題と同じ構図を描く愚を冒すこととなる。マグロ資源の保全のために、先を見据えた日本人の知恵のだしどころであろう。