第4回 「ミクロネシアは天国?」

 知人らにミクロネシアでの仕事や生活について話すと、たいていの人が「天国みたいなところだね」と言

う。そう言われると、言下にそうばかりではありませんよ、いろいろと大変なこともありますよ、と長々と説明

する事になる。私たち夫婦のように年に3か月ばかりしか滞在しない者の限られた経験話だから、正確に事

実を把握しているかどうかは自信がないのだが、こちらの島の事情を私が感じたままに紹介したい。

 南洋の島の一般的なイメージは、ハワイやタヒチなどの花が咲き乱れ、果物や魚が潤沢にとれ、人は質

素ではあるが、生活に困ることなく平和に暮らしているということになるだろうか。確かにミクロネシアの首

都があるポンペイ島では、それが当てはまると言えよう。

 私が今年住んでいる家は、高台の海の見晴らしがよい一戸建てで、庭やその周りには多くの熱帯果実が

あり、採って食べるのは自由であるし、色とりどりの花が咲いている。それに、大家は食べきれないほどの

果物や魚を頻繁に持ってきてくれる。

 バルコニーからは、眼下に環礁と海と密林が見渡せ、鳥の鳴き声の中で朝食をゆったりととることができ

る。時々虹も出て、高台に吹く気持ちよい風に身を任せる。昼は太陽が照ると暑くなるが、きれいな夕焼け

になるころには、涼しくなるので、冷房はいらない。夜は満点の星空で、天の川らしきものまで見える。

 それに、魚は新鮮で種類が多く、どれも安くておいしい。日本食の素材は割高ではあるが、たいてい手に

入る。マラリアやデング熱といった風土病はないし、ヘビもいない。天敵がいないので、ドイツ統治時代に放

した鹿が繁殖している。人々は温和で、親日的で日本を尊敬しており、お年寄りは日本語であいさつしてく

れるし、NHKはいつでも見ることができる…と書くと、天国ですね、となる。

 一方、そうばかりではない話にも事欠かない。まず、輸入品は当然、すべて割高である。バナナやイモ類

はいつもあるが、葉物の野菜を食べる習慣がないから、外国人には大変不足している。月に2回、入港する

貨物船がキャベツ、ニンジン、タマネギなどの野菜をもってくるが、2週間もスーパーに置いておくと、とても

食べる気にならないほど惨めな状態となる。肉は冷凍物しかないし、卵も新しくはない。

 治安はよいのであるが、犬がいやに多く、中には凶暴なやつがいて、噛(か)み付きにくる。野犬というわけ

ではないようだし、狂犬病はないようだが、つないでおく習慣は全くない。また、今でも島民は犬を食用にす

る。

 音楽はどこの国でも好まれるが、ここでは音楽を聴く時の音が大きすぎる。以前、街中のホテルに泊まっ

ていた時には、(外の音楽の音で)ひと晩中寝られないほどであったし、カーラジオを大音響で鳴らしながら

走っている車がかなりいる。

 ミクロネシアは4つの州(島)からできているが、ポンペイ島には白砂のビーチはない。見事な環礁が本島

を取り巻いているが、本島の海岸は鬱蒼(うっそう)たるマングローブと呼ばれる潅(かん)木で覆われてい

る。マングローブ林の中にはマングローブガニというおいしいカニがいるが、これだけでは観光客は来な

い。サンゴ礁は見事ではあるが、ここまでダイビングに来る客は少ない。したがってリゾートホテルなどはな

い。

 働いている私は時間を持て余す悩みはあまりないが、家内の方は暇をもて余してどうしようもなくなること

があるようである。

 生活に関しても、日本人の感覚とは違う。当地では、何かの理由で働けなくなっても、親類相互の助け合

いが強く、飢え死にすることなどはあり得ない。食べるものは豊富にあるので、食べていければ、働かない

人が多い。現金をあまり稼がなくても、生活ができるからである。

 もっとも、ここでは、少しは金になる職業と言えば、公務員とタクシーの運ちゃん、それに限られた数の会

社員くらいしかないようだ。仕事に恵まれない有能な人間は外国へ出掛けて、帰っては来ないので、GNPで

計ったら、この国の発展は思わしくない。昔日本が統治していたころは、コメも野菜も作っていたし、カツオ

節などの海産物も生産していた。だが、今ではその跡形もなく、栽培野菜は、細々と売られているだけであ

る。

 ただし、沿岸の魚だけは、驚くほど豊富に売られている。金銭的には裕福ではないのに、おんぼろの中古

車とはいえ車がかなり普及しているのは、衣食住にたいして金がかからないためである。多くの人は、車を

持っていても、家のつくりなど、バラックみたいなもので十分と思っているようだ。

 たいていの発展途上国では、まずバイクがはやり、車はそのあとであるが、ここでは、バイクをすっ飛ばし

て、車時代である。

 以上、簡単に述べたように、日本人とミクロネシアの人たちの生活を単純に、貨幣経済の指標だけを基準

に比べる事はできないことは明らかである。生活水準とは何か、どちらが豊かなのか、天国とは何か、これ

は生きることに対する価値観によって、まるきり違うからである。(つづく)

わが家のベランダから見た虹。