「母とマグロ鮨」 今井 一清 さん (兵庫県姫路市在住 短大非常勤職員)

 私の母の、一番の好物は、マグロの握り鮨だった。私がそれを母の口から聞いたのは、

60年ほど前の秋の一日のことだった。当時中学生だった私は、姉と母の3人で稲刈り作

業をしていた。野良休みのひととき、「今一番食べたいもの」が話題になった時、母は、

「一番食べたい食べ物は、マグロのお鮨」と呟いた。当時は終戦直後で、酷い食料難の時

代だった。さつま芋でもカボチャでも、口に入るものがあれば幸せで、成長期の私は空腹

の為、夜中に目が覚めることもしばしばであった。そんな時代だけに、野良休みの話題も、

ともすれば食べ物の話となった。恥ずかしい話だが、私は、母の口から出た「マグロの

お鮨」を食べたこともなければ、マグロの魚の実物を見たこともなかった。「ワサビの良

く効いた‥」と母は続けたがワサビの味も知らなかった。しかし、その時の母のうっと

りとした顔つきから、人を酔わせるような素晴らしい食べ物であることは、子供心にも想

像ができた。

 母は、生まれも育ちもチャキチャキの江戸っ子だった。戦前は、東京駅前の丸ビルの会

社で英文タイピストをしており、マグロの鮨の味もその頃に、母の味覚に染みついたよう

だった。英語教師だった父と結婚した母は、戦後の混乱期に、父の実家の姫路市に子供達

と住み、慣れない農作業と子育て、姑達の世話に苦闘する日々を送ることとなった。

 数年後、高校を卒業して市内の会社に就職した私は、初めての給料を手にした日、寿司

屋に立ち寄り、マグロのにぎり鮨を土産に注文した。ワサビを効かしてとも言い添えた。

 折詰を開けた時の母の嬉しそうな顔、一口食べてみて「ワサビが‥. 」と言いながら

ポロリと落とした涙を、マグロの鮨を口にするとき、ふと思い出すことがある。