「母のマグロ寿司」 高梨 英子 さん(栃木県在住 主婦)

 休日ともなると、大人も子供も安く寿司が食べれるとばかりに回転寿司は家族連れでい

っぱいだ。まぐろ、ねぎとろ、うに、いくら、イカにたこに海老、ほたて、ずらりと並ぶ

ネタを前にして次々に重なる皿の数。好きな物をたらふく食べ胃袋を満たす。豊食の時代

になっても、寿司の食文化は変わらないようだ。

 時代はさかのぼって昭和三十年代。遠い記憶の中で、今も鮮明に浮かんでくる光景があ

る。今は普通に食卓を飾るマグロだが、当時はめったに口にできるものではなく、我家で

は七輪で焼いたさんまばかりで、全くという程食卓には上がらなかった。

 割烹着姿でいつものように台所に立つ母はその日、うれしそうに父の好物のマグロの握

り寿司を作っていた。

 大皿に一つ一つ丁寧に並べられてゆく初めて見るマグロの寿司の赤と白の二色のコント

ラストが鮮やかに食卓を盛り上げた。

 何か、父と母にしかわからない特別な日であったに違いないと、子供心にそう思った。

 マグロを囲んで家族が一つになれたあの日の光景が忘れられない。

 同時に、時代は変われども食せるありがたさを忘れてはならないと強く思った。