「まぐろの恵みに感謝して」 小菅 秀人 さん (神奈川県在住 団体職員)

 

 私が、初めて鮪と出会ったのは今から53年程前の小学校2年生の頃である。茨城県龍ヶ

崎市に生まれ、海のない町に育った私には、今日ほどの流通システムもなく、又、冷蔵手

段も木製の冷蔵庫に氷を入れて使用していた時代である。ましてや戦後10年も経たない食

糧難で、「海魚」など口に入るチャンスは毛頭なかった。当時、魚介類を食した記憶と言

えば、近くの小川や田んぼで捕えた泥鰌、雷魚そして川底に手を突っ込んで獲った「しじ

み」位である。父の仕事の都合で葉山に転居してきた間もない頃、父が新聞紙に包まれた

大きな包みを満面に笑みを浮かべ重そうに持ち帰ってきた。それはカチンカチンに凍った

鮪だった。デケー!これが私の鮪に対する第一印象であった。正にその鮪の土手は、私の

胴体位あったのだ。初めて口にした鮪である刺身・照り焼きとどれも今まで経験したこと

の無い味にビックリ!世の中にこんな美味いものが存在するとは、親父ありがと!マグロ

ありがと!であった。それから16年、結婚を契機に色々な鮪に出会い、鮪の効能であるD

HAとEPAを今日に至って確信することとなるのである。妻の叔父は現役時代マグロ船

の乗組員で、一人は漁労長、もう一人は機関長であった。三崎港に船が戻るといつも「マ

グロ」を取りに来いとの連絡が入った。ミナミマグロこれは流石に旨かった。ビンナガの

トロもこれまた絶品で、卵を甘辛く煮付けたのも最高である。さて、叔父の二人であるが

一人は今年2月83歳で亡くなった。もう一人も80近くになるがこの歳でバイクを運転して

いる。私は今、魚商組合の職員として働いているが当組合員の平均年齢は何と60歳代の後

半にもなるが全員が若い、顔色も良く、皺も無い。現役最高齢はなんと82歳であり眼鏡も

使わずに新聞を読んでいる。このように私の周囲の高齢者は、全員が健康であり、正に鮪

の効能の生き証人そのものであると強く確信し、鮪の恵みに感謝する今日この頃である。